且つ、日常

ニュースキャスターが早口で、大きく出されたゴシック体の文字を読み上げる。緊急事態宣言の延長、数県の追加。バイト先で皿を洗いながら眺めた。オーナーは、大きくため息をついて、来週から休業だな、と呟いた。ああ、金も尽きるな。こそこそと酒も飲めなくなるな。行きつけのラーメン屋は営業するのだろうか。

1年前の今頃も確かこんなかんじだったっけな。非日常を感じることももう無くなった。まるでフィクションの世界だった非日常はいつの間にか日常となって、それまであったいつも通りはフィクションの世界に行ってしまった。咳をすると冷たい目をしていた人も今やそれほど見かけなくなってきた。2度目の夏を越えたその先は日常か、果たして望んだ非日常なのか。バイト帰りに活気を失った商店街を通り、1本だけ発泡酒を買って帰った。小銭しか残ってない財布をポケットにしまった。この日常を笑える日が来れば。

なあ、もしさ、羽が生えたらどこへ行きたい?と、突拍子もなく彼は僕に話しかけてきた。

ひねくれ者の僕は、何を言ってるんだ、羽なんか生えないよ、そんなものありえないだろう、と返した。

彼は、馬鹿だなお前、俺はね、羽が生えたら未来に行きたいよ、と言った。

羽が生えたら未来に行けるっていうのか。

そうさ、行けるさ。だってさ、お前の言う通り、羽が生えるなんて有り得ないものなんだよ。でもよ、そんなものがあれば、きっと未来にだって過去にだって行けてしまうと俺は思うんだよね。そうなったらさ、なんでも、1人でできてしまうようになるのさ、きっとね。

二度と見ない

友人と2人で1本の映画を見た。暗い部屋の中、エンドロールが流れるとふわっと香りがした。空いた発泡酒の缶がじとりとこっちを見つめていた。ああ、と香りが記憶の中のものであることに気づいた。エンドロールが終わると、友人が、好きな人出来たんだよね、と柄にもないことを言い出した。僕は気になって誰なのか聞いた。友人が言うなよ、と一言いい名前を出した後に、どうにも両想いらしい、どうかな、いけるかな、と聞いてきた。僕は、大丈夫、お似合いだと思うよ、自信もっていけよ、とだけ伝えた。部屋の明かりをつけ、酒、追加で買いに行こうか、お祝いだし奢るよ、と僕は友人に問いかけた。僕がこの映画を見たのは二度目だった。

二日酔いの朝

月曜日、14時、けたたましく鳴るアラームのスヌーズ音で起きた。頭がぐらぐらする。昨日の酒がまだ体の中に残っているようだ。カーテンを開ける。日を浴びる機会が極端に減り、日光がうざったくなり再びカーテンを閉める。台所まで行き、換気扇をつける。昨日どこかで転けたのだろうか、潰れた煙草を取りだし、それに火をつける。残った酒が再び動きだして体を揺らす。煙が目にしみた。酷い夢を見たようだ。煙が体に入り自分を汚しているようで、それが嫌で、灰皿にそれを押し付けて消した。残り香を無機質に回る換気扇が吸い込んでいく。いつか夢は普通になり、思い出も思い出せなくなり、その夢すら見なくなる。こみあげる何かをぐっと堪え、塩っぽい香りは吸い込んでくれない換気扇を止め、ぼさぼさの髪を結い、顔を洗った。

そういえば最後にロックを教えてくれたのはいつだったけ。私はもうロックを聴かない。

それなのに私は。