ホットコーヒー

「ねえ、聞いてる?」

ぼうっと本を読んでいた僕は、栞を挟んで本を閉じ、彼女の方に視線を向けた。

「すまない、集中していた」

「はあ、もうほんとにいつも本ばっかり」

僕は手元にあるコーヒーを一口のんだ。彼女は続けて言う。

「純文学をわかった気になって、夏なのにホットコーヒーを飲む、君は本当に変わってるよ」

「夏場にこの涼しい空間で飲むホットの美味しさが分からないのか。元来コーヒーはホットで飲むものだし、僕はわかった気じゃなくて分かって純文学を読んでいる。」

ムッとなって言い返した僕にジトリとした目線を送ってくる。

「カッコつけちゃってさ。でもここはファミレスだよ」

「場所なんて関係ない。僕はこうしている時間が好きなんだ」

「はあ、恋って盲目だな」

「なんだって?恋?」

「そうだよ。ああいえばこういう。人の話も聞かずに本ばかり、でもそんなとこも全部、愛しくなるの、恋だなあって」

少しだけ恥ずかしそうに言う彼女は、手元にあるかき氷をいそいそと食べ進め出した。

「なあ、お前はかき氷が好きみたいだけど、それ溶けたらただの水だぞ」

恥ずかしいのは君だけじゃない、と言いたげに少し意地悪を言ってしまう。彼女は不満げに眉間に皺を寄せた後、べっ、とこちらに向かって舌を出した。

「あっ」

「なに?謝る?」

「いや、舌、青くなってるよ」

ほんとう?と彼女は携帯を取り出し自分の舌を確認して、本当だ、ブルーハワイだからね、とケタケタ笑った。

「写真撮ってよ」

「写真?」

「そう、いいからいいから」

言われるがままに僕は彼女が舌を出し笑っている写真を撮った。

「これで、君の中の夏はこれだね」

「なんだ?どういう事だ?」

「夏の青」

そう言ってこちらを見る彼女はいつもより艶やかな目をしていた。彼女は照れ隠しか、捲っていた袖を解き出した。少しだけ、自分の鼓動が早くなるのがわかった。

「じゃあ、この気持ちが愛かな」

僕はそうポツリと言い返した。えっとした表情で赤面して、少しして下を向いた彼女を見て僕の夏は染まった。